ある日の妄想−ロシアでのテロ事件について

 ロシアの北オセチアにおいて発生したテロ事件について、つらつらと思ったことを記します。

 犯人像に関する推測ですが、実行犯と(計画者というか)事件の筋書きを書いた人間(以降シナリオライター)は同一とは限らないということから、犯行に当たった人間を実行犯とシナリオライターという二つの階層に分けます。
 そして、それぞれの階層を構成する犯人像として「チェチェン独立派もしくはその賛同者」と「対外工作員もしくはその雇われ者」を挙げます。

 「チェチェン独立派もしくはその賛同者」はチェチェン独立派及び彼らとの共闘を誓った組織の人間を指し、チェチェン人とは限りません。
(9/15追記 報道では主犯格はイングーシ人とのこと。ソ連時代にこの土地を追われたイングーシ人と、その後にロシア人と供に入植し北オセチア共和国を樹立したオセチア人。帰還してからも奪われた土地が返却されず難民化し治安維持の名のもとにロシア軍に掃討されたイングーシ人と、ロシア軍の庇護下にあるオセチア人。このテロにはオセチア人に対するイングーシ人の報復という色もあるのかもしれません。)

 「対外工作員もしくはその雇われ者」は諸国の諜報機関の工作員や彼らに雇われた人間を指します。
 こういう可能性を持ち出すのは、各国の諜報機関が行った対外工作の歴史−民族紛争を煽ったり(残酷な犯罪をおこし、それをある民族によるものと見せかけたり、それに対しての報復を叫ぶ煽動者を送り込むなどしたりします。ある程度、異なる民族間の怨恨が蓄積されると、過激な民族主義者が他民族への犯罪を再生産してくれます)、反政府組織への支援活動を行ったり(武器供給や戦術指導や資金提供や資金獲得技術の伝授(麻薬栽培とその販売ルートの伝授とか)など)−を知っているからです。
(こういう対外工作は小説の中だけの荒唐無稽な話ではなく、現実にイランのモサデク政権がCIAの工作によって転覆させられていたりします。この世は一皮めくれば「金で操れる人間は金で操り、情で操れる人間は情で操る」魑魅魍魎の世界)
 特にあの一帯、中央アジアでは、911事件に端を発するアフガニスタンや周辺諸国への米軍駐留や、最近のグルジアでの親米政権成立など、カスピ海周辺の石油資源地帯を巡って陰に陽に米露が激しい主導権争いをしていますから。

 大雑把ですが、これらを掛け合わせると実行犯とシナリオライターの組み合わせは以下の四通りとなります。

1)実行犯は「チェチェン独立派もしくはその賛同者」で、シナリオライターも「チェチェン独立派もしくはその賛同者」
2)実行犯は「チェチェン独立派もしくはその賛同者」で、シナリオライターは「対外工作員もしくはその雇われ者」
3)実行犯は「対外工作員もしくはその雇われ者」で、シナリオライターは「チェチェン独立派もしくはその賛同者」
4)実行犯は「対外工作員もしくはその雇われ者」で、シナリオライターは「対外工作員もしくはその雇われ者」

 しかしながら、事実を鑑みると、

  • 実行犯は命を失う可能性が非常に高く、メリットとデメリットを考えれば当事者でもない人間が命を賭けるとは考えにくいこと(作戦に随行しただけの者は作戦内容を完全に把握していなかったかもしれず、ゆえに作戦遂行時の生存性を認識していなかった可能性がありますが)。
  • 組織的かつ計画的で統制の取れた犯行であることから寄せ集めの雇われ者とは考えられないこと。

から、実行犯が「対外工作員もしくはその雇われ者」である可能性は極めて低く、その可能性はほとんど無視してもいいでしょう。(実行犯が認識していたシナリオと実際のシナリオが異なっていた可能性はありますが)
 ゆえに3と4の組み合わせは消去します。(3はもとより論外ですが)
 よって残る組み合わせは1と2。
 世間一般では1の観方が主流ですが、事件には疑問点も多く2も仮説としては否定できません。
 しかしながら、仮説は事実をもって証明されない限り、真実たりえない以上、十分な説得力をもって2を主張することはできません。
 ただ言えることは、どちらにしても根本的な対策は同じということです。
 それは実行犯の供給を断つこと。つまり、人々を命を賭けてでも闘わなければならない状況に追い込まないことです。
 因果をたどれば、このような事態に至る基本的な状況を作り出したのは、チェチェンの独立運動に対し軍事力で制圧したロシア政府。
 謀略があったにしろ無かったにしろ、このような状況が無ければ事件は成立しません。
 逆にいえば謀略が無かろうと、このような状況ではいずれ同様の事件がおきたことでしょう。

 そういう現実に対し、私は思うことはあっても意見することはできません。物理的にも心情的にも。
 ロシア政府の決断もそれに対抗する人々の決断も、国際情勢における駆け引きにおいて、メリットとデメリットを比較して考え抜いた末の結論でしょうし、それに対して事情をろくに知らない人間が思いつきで意見するのはあまりにも無責任というものでしょう。
 結局のところ、これはメリットとデメリットを比較した上でロシアの人々が決めるべき問題というものです。どれほどの犠牲が出ようと、ロシア政府にとってチェチェンを支配下においておくメリットの方がデメリットを上回るのであれば、政権転覆や傀儡政権の樹立など、ロシア政府は手段を選ばずにチェチェンを支配下に置こうとするでしょう(イラクにおいてアメリカが行っているように)。そういう政府をロシアの人々が支持し続ける限りにおいて。
 私が具体的にできることは、僅かなりと世論に影響を与えるために、事実と舞台裏を伝えてくれるジャーナリストを書籍購入などの形で支援することぐらいのものです。

 ただ、なんとなくこれからの成り行きは予想できます。
 これからもロシア政府はチェチェンの油田を失いたくないので独立を許さないでしょう。
 これからもチェチェン武装勢力は民族自決とロシア政府による搾取を拒むために独立運動を続けるでしょう。
 そして双方が双方の最大利益を得るために行動することで、双方は傷つけあい犠牲者は増えていくでしょう。片方の体制が崩壊するか、数多の犠牲の上にお互いに妥協点を見出すまで。

 ロシアは、このままではテロの続発により、その原因であるチェチェンへの軍事侵攻に世界が注目するようになれば(それがテロという手段の狙いの一つ)、多大な軍事費負担と社会不安を負いながら、チェチェンの油田地帯を失うことになるでしょう。
 チェチェンはこのままでは独立できたとしても戦禍により多大な人的資源を失い、結果、人的資源喪失の穴埋めに多大な外国からの支援を必要とする国となるでしょう。
 双方が多大な苦しみを負い、喜ぶのは他国の石油資本や復興事業請負業者。
 結局は、ロシアとチェチェンは双方が妥協せずに最大利益を追求することにより、妥協するよりも多くを失うことになるでしょう。
 そして結果論で考えるのです。「あれだけの犠牲を払って、結局、多くのものを失ってしまった。チェチェンの独立は認めるが油田は共有するといったような妥協点を模索しておけば良かった」と。

そして

 その一方、それらの事件を見る私たちもテロというものについて何度も再学習するのです。

  • テロは日時と場所と手段をテロリストが自由に選択できること。テロを警戒してある場所の警備を厚くすれば、別の場所を標的にできること。テロを防ぐ有効な軍事的な手段は無いということ。
  • テロを行う際、犯人は標的として警備が薄い場所で人が集まる場所や象徴的な場所を自由に選択できること。対して取り締まる方は限られた範囲しか防御できないこと。
  • 立てこもり型のテロに対する特殊部隊による強行突入も、犯人が強行突入を想定して備えている場合には有効でないこと。
    (件のテロでは、犯人はフットペダル式の爆破装置を使用しており、なんらかの要因で犯人がフットペダルから足を離すと爆発するようになっており、ガスによる無力化や狙撃では爆発を防ぐことはできない状況になっていました。つまり、武力解決では被害が発生するのを防ぐ方法はありませんでした。そして状況から見て、犯人は交渉不成立の場合、多くの被害を出すことを目的としていました。ロシア政府が交渉を打ち切った段階で被害は確定していたのです。後は早いか遅いかだけでした)
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