哲学なき弾道ミサイル防衛

 弾道ミサイル防衛は、現状、攻撃側有利な上に実効性の無い兵器開発無限競争を引き起こすのみで、国費の無駄な浪費に他なりません。
 これに参加することは、相対的に敵性国家に利する結果となります。

弾道ミサイル防衛の現状での構想

 弾道ミサイル防衛の実効性の無さを示すにあたって、まず、弾道ミサイル防衛の現在の構想を紹介します。

 弾道弾とは、弾頭をロケット推進で標的への軌道へ乗せ、後は慣性運動で標的に到達させる兵器のことです。
 弾道ミサイル防衛は弾道弾の飛行状況により三つの段階に分けられ、それぞれの段階で迎撃手段が用意されています。
 以下にその三段階を記述します。

ブースト段階

 弾道弾が発射後にロケット推進で加速している段階です。
 この段階の迎撃手段は、航空機に搭載したレーザーで加速中の弾道弾を破壊するというエアボーン(航空機搭載)レーザー(以降、ABL)です。
 大型機に搭載したレーザーをブースト段階の弾道弾に数秒間照射することで破壊するという構想です。

ミッドコース段階

 ロケット推進が終了し、弾頭分離型弾道弾であれば弾頭およびダミーをロケットから切り離し、慣性で移動している段階です。
 以降、弾道弾の軌道は基本的に物理法則に従って放物線を描きます。
 この段階での迎撃手段は、地上および海上に配備されたスタンダードミサイル3(以降、SM3)です。
 弾道弾が慣性飛行に入った後、観測データから軌道予測を行い、放物線軌道の頂点前後の速度が一番低いときを狙ってSM3を発射します。
 発射されたSM3は弾道弾通過予測点近くで搭載したキラーヴィークルを放出し、キラーヴィークルは赤外線センサーで弾道弾を識別し、自らの推進力で弾道弾に体当たりして破壊します。

ターミナル段階

 弾道弾が標的に向かって高速落下してくる最終段階。
 落下に伴う加速を含め、この段階での弾道弾の速度は概ねマッハ10を越えます。
 この段階での迎撃手段は標的近辺に配備されたパトリオットミサイル3(以降、PAC3)です。
 高速落下してくる弾頭を直撃することで破壊します。

迎撃手段の抱える問題

ABL

 レーザーはその性質上、光学的反射率の高い物体には殆どエネルギーを伝えることはできません。
 ゆえに、弾道弾を鏡面加工するなど、反射率を高める加工をすることで容易に無効化できます。
 航空機搭載が可能な大出力レーザーを開発することは技術的に困難ですが、反射率を高める加工をすることは簡単です。

付記1:ABLの他目的利用

 一部、大出力レーザーを開発できるのであれば、それを地上にも海上にも配備すればいいという発言をする人がいますが、レーザーは大気圏内では散乱により有効射程が短く、また、弾道弾の破壊には数秒の照射が必要と見込まれ、比較的低速なブースト段階初期ならともかく、地上や海上からミッドコース段階の弾道弾は破壊できませんし、マッハ10を越える速度で落下してくるターミナル段階で使用しても有効性は殆どありません。
 ABLは、航空機から打ち上げられた弾道弾にミサイルを発射しても、ミサイルでは弾道弾に殆ど追いつけないことから必要となった超高速(光速)兵器という本質を理解する必要があります。

付記2:その他の未来兵器

 レーザーは光学的な防御が簡単な兵器です。
 しかし、その他の未来兵器、例えばビームやレールガンといった兵器はどうでしょうか。
 結論から言えば、これらの兵器であれば確かに光学的な防御は無効ですし、開発できれば当初はそれなりの威力を発揮するでしょう。
 ただ、ビームにしてもレールガンにしても電磁的に粒子や磁性体を加速する兵器である以上、電磁的に(拡散、軌道変更等)防御が可能。結局は盾と矛の無限競争の一環にしかならないでしょう。

SM3

 SM3は弾道弾がロケット推進を終え慣性移動に入った段階で軌道を予測して迎撃する兵器です。
 つまり、弾頭が何らかの移動手段を持ち軌道を変更できる(誘導できる)場合、軌道予測ができないため命中させることは非常に困難となります。

 また、弾道弾が弾頭のほかに弾頭を模した偽物(以降、ダミー)を放出する場合、弾頭とダミーを識別して迎撃する必要がありますし、識別できないのであればダミーを含めた全てを迎撃する必要があります。弾道弾が多数の弾頭を放出する多弾頭型の場合、これまた、全てを迎撃する必要があります。
 これには非常に高い迎撃能力が必要となり、そして攻撃側がそれを上回る攻撃を行うことは容易です。
 その答えは、相手の防御を量で飽和させて打ち破り攻撃する飽和攻撃。
 理論的に防御側のカバー範囲や迎撃能力や配備数といった防御力は計算可能であり、それを上回る同時攻撃を行えば、必ず相手に攻撃を到達させることができるのです。
 例えば我が国の場合、ABLの装備は未定ですので防御手段はSM3とPAC3となります。
 ミッドコース段階での迎撃を担うイージス艦は(将来的には増えますが)現在4隻。
 これらイージス艦による迎撃能力は、カバー範囲を除いて概算するならば「隻数×同時迎撃能力×迎撃確率」
 この迎撃能力以上の数で同時攻撃すれば、論理的にミッドコース段階で迎撃不可能な弾頭が発生します。
 殆どありえない仮定、例えば、仮に同時迎撃能力が配備数と同じ20発だとし、仮に命中率が100%だとしても、我が国のイージス艦による迎撃能力は4×20×1=80。
 つまり80発を越える攻撃は物理的に防御不可能ということになります。そして、これは現時点で考えられる最大値。
 要するに弾頭とダミーの数が百とか二百とかいったレベルで攻撃されれば防ぎきれないのです。
 付け加えれば配備可能な位置も限られ、防衛対象が広範囲であれば全ての経路を防御することは物理的に不可能。
 究極的には攻撃側は防御側の防衛ミサイル配備数を上回る数の弾頭をばら撒けばいいですし、そのために必要な技術と費用は防御側と比較して明らかに負担が小さいものとなります。
 将来、技術の進歩で防衛ミサイルの命中率が100%になったとしても飽和攻撃の前には無意味なのです。

PAC3

 PAC3の射程は20キロから30キロといわれています。
 この性能の開きですが、垂直発射が重力加速度に逆らわねばならないので射程が短くなりがちなのにに対し、水平発射は揚力が働くので射程が延びやすいことによると思われます。おそらくPAC3の射程は打上でおよそ20キロ、水平発射でおよそ30キロといったところでしょうか。
 ここから予測される防衛可能な範囲は、どの程度の高度までが許容されるかに依りますが、下図で示すように20キロ足らずの非常に限られた範囲でしかありません。PAC3はあくまで拠点防衛用の兵器なのです。

防衛可能圏

 ここから判ることは、PAC3では、仮に弾頭を迎撃する性能があるとしても、重要拠点をカバーすることが精一杯ということです。国民の生命と財産を守るというより、反撃力を残すといったことにしか使えないでしょう。
 また、迎撃する機会自体少ないでしょう。
 音速はおよそ343m/s。音速の10倍を越える速さで落下してくる弾頭を射程内で迎撃できる時間は数秒程度。迎撃に一度失敗すれば、二度三度と迎撃することは、予め外したときのための予備を撃つこと、つまり初弾命中の際は無駄となる弾を撃つことを覚悟しなければ不可能です。
 正直なところ、同じ費用でシェルターなどの受動防御施設を構築したほうが余程有効と思われます。
 拠点防衛の必要性は解りますが、これで国民の生命と財産まで守ることができるかのような宣伝をすれば誇大広告となるでしょう。

付記:命中率向上手段の現実性

 弾道ミサイル防衛構想において、迎撃ミサイルは弾道弾に直接体当たりして破壊する直撃型が使用されています。
 それに対し、「なぜ命中率を上げるために標的の近くで自爆して破片で相手を破壊する散弾型にしないのか」という意見を見聞きすることがあります。
 確かに、「弾道弾の飛来にタイミングを合わせて」「破片でも十分な威力が発揮」できれば近接爆発によるエリア攻撃は命中率向上に大きく寄与することでしょう。  しかし、これは現代の技術では非常に困難なことなのです。
 例えば、PAC3の前身であるPAC2は近接爆発による破片散布で標的を破壊するタイプの迎撃ミサイルでしたが、湾岸戦争においてスカッドミサイルを破壊できませんでした。  破片による攻撃は相手が航空機であれば相手の飛行能力を奪い撃墜することはできますが、ロケット推進終了後は慣性飛行で標的に向かう弾道弾は破片を命中させても破壊することはできなかったのです。
 たとえ命中しても、威力が無ければ破壊はできない。
 そういうことです。
 現代の技術では破片に弾道弾破壊に十分なエネルギーを持たせることは困難であり、技術的にいかに困難に見えても、まだ直撃による命中率を向上させる方が技術的に容易なのです。

ABM条約の哲学とその崩壊

 条約とは様々な背景があって締結されるものです。
 では、ABM条約が締結された背景、つまり、ABM条約の本質は何でしょうか。
 それは、無限競争の不毛さにあります。
 一方が防御を強化すれば、もう一方はさらに攻撃を強化する。盾と矛を相互に強化する無限競争。そして、それによる無限の軍事費負担。
 多弾頭誘導、鏡面加工など実現可能な技術の範囲ではコスト面で圧倒的に有利な攻撃側。
 攻撃側の究極的な結論は人類が絶滅してもおつりがくるような飽和攻撃。
 このような無限競争は相互に不利益が大きいと人々が思ったからこそABM条約は締結されたのです。
 そして、その不毛さゆえに弾道ミサイル防衛は軍事においてタブーとなったのです。
 まず、この論理を認識することです。
 命中率などの技術的な理由で反対している人は、技術的問題が解決されたときに反論の根拠を失います。
 弾道ミサイル防衛禁止の本質は、それが盾と矛の無限競争を引き起こすことにあるのです。
 それゆえの、MAD理論維持のための(拠点防衛目的以外の)迎撃ミサイル配備の禁止。
 それゆえの、過大な攻撃力を生み出す多弾頭誘導弾道弾の開発禁止。
 にも関わらずアメリカのABM条約脱退によりABM条約は事実上無効化してしまいました。
 アメリカは弾道ミサイル防衛の開発を行い、ロシアは多弾頭誘導弾道弾の実験を行い成功させました。
 現時点での弾道ミサイル防衛は、既に構想の段階で破綻していると言っていいでしょう。
 今作っている「盾」を打ち破る「矛」は既にあるのですから。

予測される利害とその行方

 この弾道ミサイル防衛で、誰が利益を得、誰が損をするのかを考えましょう。

 アメリカの軍需産業は儲かります。冷戦終了後、大きな戦争も緊張構造も無く、倒産と合併が連続していたことを考えれば、軍需産業にとって無限競争はむしろ望むところでしょう。

 ロシアにとっても歓迎すべきことでしょう。ロシアは既に多弾頭誘導技術を完成させています。今開発している弾道ミサイル防衛ではロシアの多弾頭誘導弾道弾には通用しません。弾道ミサイル防衛のための国費の乱費によるアメリカの赤字増大と、それに伴うアメリカの国力の相対的低下は、多極構造の一角を狙うロシアには望むところというものです。ロシアの軍需産業にしても中国などの外国が欲しがる兵器が増えるのは喜ばしいことでしょう。

 反米テロリストも喜ぶかもしれません。「テロリストの攻撃による脅威に対抗するための配備」という報道を信じれば、自分達とはまったく違う次元の軍備でアメリカに浪費させることができたのですから。経済的打撃も彼らの望むところです。

 中国は少しは嫌がるでしょうね。対策のための軍事費が増大しますから。もっとも軍事的には中国側の弾道弾近代化のスケジュールが早まるだけのことでしょう。結局、嫌がらせ程度にしかなりません。嫌がらせが目的だとすれば、随分高い買い物というものです。

 そして、アメリカという国自体とその同盟国にとっては大きな損失となるでしょう。  短期的にはアメリカの軍需産業は息を吹き返すでしょうし、軍需産業が基幹産業といってもいいくらい軍事の経済規模が大きいアメリカの経済には大規模公共事業のような効果をもたらすでしょう。
 しかし、長期的には赤字増大によるドルの信用低下や費用捻出のための社会保障の切り捨てなど、アメリカ経済の基盤自体やアメリカ国民の生活を損ないます。
 同盟国にしても実用性が怪しい兵器に高い金を支出するのは思案どころです。
 カナダが弾道ミサイル防衛から手を引いたのを見れば判るように、かえってアメリカ中心の連合の結束を乱す結果になるのが関の山。
 それに、実用性が怪しいと解っていてもアメリカとの力関係から弾道ミサイル防衛を導入せざるをえない同盟国では、損害を受ける人を中心に、アメリカ及びアメリカに追随する政府に対する悪感情が蓄積する可能性があります。
 例えば我が国。弾道ミサイル防衛のための費用負担、一兆円を捻り出すために、財務省はあちこちの予算を締め上げています。費用削減はそれに妥当性があれば結構なことですが、近頃の締め上げは予算を削るという結論があって、それに合わせて理由を探しているといった類のものにしか見えません。
 人道支援等の国際貢献で活躍している自衛隊も、活動範囲が広がっているにも関わらず、人員や装備が削られては、国に裏切られた思いをしても仕方がないというものです。
 防衛予算が削られ、相対的にアメリカの軍需産業に仕事を取られる防衛産業も困ります。 「アメリカは自国の軍需産業救済のために同盟国の防衛予算にまで手をつけようとしているのではないか」と感じる人もいるかもしれません。
 だいたい、今の弾道ミサイル防衛は、SLBMのような潜水艦から発射される弾道弾や偽装漁船から発射される弾道弾のような近海からの攻撃には役に立ちません。予算捻出のために対潜哨戒機の数を減らして対潜能力を減らすようでは、弾道ミサイル防衛の目的を考えれば片手落ちというものです。本来の目的が表向きの目的と違うというのなら別ですが。
 結局、弾道ミサイル防衛はアメリカという国のためにもアメリカ国民のためにもなりませんし、アメリカと同盟している国のためにもなりません。

 このような弾道ミサイル防衛に対して、関係する国はどうするべきでしょう?
 アメリカが自ら没落するのを助けたいのならば支援すべきでしょう。自らの金と技術の提供は最小限にして。
 アメリカを助けたいと思うのならば止めさせるべきでしょう。無駄な軍事費増を抑えるために。
 では、日本は如何にすべきか?友情と馴れ合いは違うということが解っていれば、結論は決まっています。

おまけ:弾道ミサイル防衛をめぐる誤解

弾道ミサイル防衛はまったくの役立たず?

 まったく役に立たないというわけではありません。
 航空機、巡航ミサイル等に対する対空能力の強化には役立つ面もあります。
 直撃型のPAC3は標的を「撃墜」ではなく「破壊」します。所謂「体当たり攻撃」に対する防御力は向上すると見ていいでしょう。射程はPAC2より短くなっていますが。
 対空能力に対する費用対効果を考えれば、私としては、予算の都合で未だ計画通りに対空ミサイルを装備していないあぶくま型護衛艦に対空ミサイルを搭載した方が遥かに効果的と思います。

アメリカ本土を狙った弾道弾が日本上空を通過する場合、集団的自衛権の発動云々
あるいは日本の弾道ミサイル防衛はアメリカ本土防衛のため云々

 基本的にアメリカ本土を狙った「敵性国家」の弾道弾は日本上空を通過しません。
 例えば、アメリカ本土を狙った北朝鮮の弾道ミサイルは(グアムやハワイならともかく)日本上空を通らず樺太方面に抜けていきます。
 下図を参照してください。赤い紐で示されているのが北朝鮮からアメリカ本土への弾道弾の予想経路です。本来はコリオリ力を計算に入れる必要があるので実際はこのとおりではありませんが、おおよそこのような経路となります。

地球儀

 このように地球儀に紐を当てて軌道を予測すれば判りますが、ロシアにしても、一部地域を除く中国にしてもアメリカ本土を狙った弾道弾は日本上空を通りませんし、グアムやハワイの場合もルートは限られています。

 この手の話題はロシアや北朝鮮によるグアム攻撃を想定しているのであれば可といったところでしょうか。あまり現実性を感じませんが。

(文:亜門大介・軍事オタク)

主要参考文献
2時間でわかる図解 日本を囲む軍事力の構図―北朝鮮、中国、その脅威の実態。アメリカの軍事覇権の将来は?
海上自衛隊パーフェクトガイド2005-2006
〈図説〉湾岸戦争
月刊丸や歴史群像などの雑誌

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