刃の切れ味はおおまかに硬度や靱性といった材質による部分と刃の薄さのような構造による部分と砥ぎや刃の合わせといった刃付け作業の工作精度による部分からなっています。硬度が高く刃が薄い方が切れ味はよくしやすいですが、その分、刃が破損しやすくなります。そういうデリケートな刃は技術がないと扱いづらいので、普及品のニッパーは刃にそれなりの厚みがあります。
鋼材の質、鍛造技術、熱処理技術などによる硬度や靱性といった材質自体の良さは会社が仕入れている鋼材や会社自体の機械設備によるところが大きいですが、刃の構造は設計技術により、砥ぎや刃の合わせの微調整といった刃付け作業による切れ味は機械設備だけでなく職人の熟練技術によるところも大きいものとなります。
ニッパーの切れ味はそういう職人の技量による部分が大きいため同じ会社の同じ製品でも(おそらくは刃付け職人の違いや刃付け職人自身のコンディションや技能向上により)出来栄えがかなり異なることがあります。
このことは検品を通った製品であろうとその切れ味や使い勝手に当たり外れがあることを意味します。
ゆえに、砥ぎまで完全に自動化されているカッターナイフ刃やデザインナイフ刃と異なり、ニッパーの刃付けの評価は個人が購入する少ないサンプル数では正当に評価し難いものとなります。あるニッパーでは当たりを引き、別のニッパーでは外れを引いたために、それらのニッパーの評価が逆転してしまうということも十分ありえますから。
ゆえに、この記事で紹介している各社のニッパーに関する感想は(当たり前ですが)絶対的なものではありえません。
ニッパーの材質としては機械構造用炭素鋼(S55CやS58C。高炭素工具鋼とも呼ばれます)が一般的で他にバナジウム鋼やクロムバナジウム鋼といった合金があります。
材質としては炭素鋼よりバナジウム鋼やクロムバナジウム鋼の方が硬度や靱性に優れ、理論的には切れ味も良くなる筈なのですが、様々なニッパーを使ってみた結果としては材質の差より高周波焼き入れ技術や刃付け技術の差の方が切れ味への影響は大きいというのが率直な感想です。いかに材質が良くても刃付けが悪ければその硬度や靱性を切れ味に活かすことはできないのでしょう。
耐食性に関してはクロムバナジウム鋼が圧倒的によく、炭素鋼やバナジウム鋼は錆びやすいのに対し、クロムバナジウム鋼はなかなか錆びません。
素材としての硬度や靱性に加え、道具としての耐久性を考えれば材質は(今まで購入したもののなかでは)クロムバナジウム鋼が最上だと思います。
ニッパーの刃は、刃先同士がぶつかって刃が潰れて切れ味が落ちることが無いように、刃先同士を完全に合わせるのではなく、僅かにずれるように研いであります。
金工用ニッパーの場合、強度優先で刃は左右とも両刃に研がれていますが、プラスチック用ニッパーではゲートを切り残し少なく平坦に切断できることを優先に砥がれていますので、片方の刃は片刃で、もう片方の刃は刃先を(毛筋ほどの幅くらい)ずらした分の両刃で砥がれている場合が殆どです。(厳密に言えば、片刃の方もカエリを落としている分だけ両面が砥がれていますが)
構造的に片刃の方が鋭角な刃付けとなり、切り残し的にも切断時は主に片刃の方で切るように使うことから、こちらが切れ刃となり、もう片方の刃が受け刃となります。
左右どちらの刃が切れ刃でどちらの刃が受け刃なのかは製品によって異なり、切断箇所に向ける方の刃面に光をあててその反射で砥ぎ幅を見ることで確認できます。砥ぎ幅が広い方が受け刃で、砥ぎ幅が狭いまたは無い方が切れ刃となります。
プラスチック用ニッパーの刃はデリケートなので、切れ味を長持ちさせたいのなら受け刃を切断位置に当ててから切れ刃で切ることを意識しながらニッパーの刃を潰さないように必要最小限の力でゆっくり握りこむように切るようにした方がいいでしょう。
ニッパーのサイズには様々なものがありますが、プラスチック用のものは120mm前後のものと150mm前後のものが多いので、便宜的にこれら二つのクラスに分けます。
120mmサイズクラスのプラスチック用ニッパーの切断能力は概ね3mm径のプラ材の切断に適する程度なのに対し、150mmサイズクラスは、多くの場合、5mm径のプラ材の切断にも適します。
150mmクラスは大型の分、パーツとランナーの隙間が狭い場合にニッパーの刃が入らないことが120mmサイズクラスの場合より多く、あまり精密な作業には向きません。
また、120mmクラスの方が成人男性の手には握りやすいサイズで、150mmクラスはテコの原理で太いものを切りやすくすることを握りやすさより優先しているという感じです。
画像のニッパーは上から順にゴッドハンドのSPN-120-4、タミヤの薄刃ニッパー、ツノダのTM-02、フジ矢のFPN-150FS、マルト長谷川のPL-726A。
ゴッドハンドのSPN-120-4とタミヤの薄刃ニッパーは他のニッパーに比べて極端に刃が薄いこと、対してフジ矢のFPN-150FSにしてもマルト長谷川のPL-726Aにしても刃が先端部分近くまで分厚く加工されていることがわかります。
画像のニッパーは上側左がゴッドハンドのSPN-120-4、上側右がタミヤの薄刃ニッパー。
下側左がマルト長谷川のPL-726A、下側真ん中がフジ矢のFPN-150FS、下側右がツノダのTM-02。
ゴッドハンドのSPN-120-4とタミヤの薄刃ニッパーが先細な形状になっているのに対して、マルト長谷川のPL-726A、フジ矢のFPN-150FS、ツノダのTM-02は先端近くまで幅を持たせる形状になっています。
ゲートカットのような狭い隙間に刃を入れて切断する作業には刃が薄いことと刃が先細であることの両方が要求されます。
その点、ゴッドハンドのSPN-120-4やタミヤの薄刃ニッパーはかなり入り組んだ狭い個所のゲートも切断できるような形状になっています。
対して、マルト長谷川のPL-726A、フジ矢のFPN-150FSのような形状では刃の厚さや刃の幅から入り組んだ狭い個所には刃を入れにくい又は刃が入らないことがありえます。
刃が薄く先細であることはそれだけ物理的強度が低いことでもありますが、プラモデルを作るためのゲートカット用プラスチック専用ニッパーとしては入り組んだ狭い個所にも刃が入る形状の方が優先というものでしょう。
切れ味が良くても刃が幅広で分厚いためにゲートの部分に刃が入らなければ、その切れ味を活かすことはできませんから。
フジ矢のFPN-150FSやマルト長谷川のPL-726Aのような150mmサイズクラスのニッパーはより小型なニッパーより太いものを切断できる強度があり、単純な切断作業であれば大は小を兼ねるでしょうが、プラモデルの製作におけるゲートカットでは刃の先端部分数mmを使用しても形状的に取り回しが劣ることは避けられません。
ニッパーの性能に書かれている刃角度はグリップに対する刃の傾斜角のことです。
刃角度が小さいことはそれだけ刃面とグリップが平行に近いことを意味します。
薄刃を求めるときに見るべき値は刃自体の鋭角さを示す刃先角度です。刃先角度をカタログで公表しているメーカーは少ないですけどね。
上の画像で言えば刃角度はツノダのTM-02は大きく、タミヤの薄刃ニッパーは小さいということになります。
刃面の形状についてはメーカーにより呼び名が異なりますが、刃面が平らなフラットタイプ(ストレートタイプ)と刃面が曲面となっているスタンダードタイプ(ラウンドタイプ)があります。
フラットタイプは切断面が平らになるように切断するのに対し、スタンダードタイプは切断面を曲面に抉るように切断します。
ゲート処理程度の細いものであれば、どちらで切断しようと刃面の形状による影響は少ないですが、5mmプラ棒のような太いものを切断する場合は刃面の形状が切断面の形状に与える影響は大きくなります。
画像左がPL-726Aで画像右がHN-D14。
PL-726Aは刃の接触による刃の潰れを防止するための刃先調節ネジ付きでフラットタイプ。
HN-D14はプロ・ホビーシリーズのプラスチック用ニッパーで金属線の切断には使用しては駄目なプラスチック専用ニッパー。同社の薄刃ニッパーという製品名のHT-D04及びHTC-D04より刃が薄く、ゲートカットに適した形状になっています。
HT-D04及びHTC-D04は刃が厚く、その代わり金属線の切断にも対応しています。形状的には薄刃ニッパーというより先細ニッパーという方が正しい製品だと思います。
材質はマルトロイCR-V70Cと呼ばれるクロムバナジウム鋼で、クロムが入っているだけあって耐食性が高く、同条件での使用で後から買ったフジ矢のバナジウム鋼ニッパーは既に錆が浮き始めているのに対し、CR-V70C製ニッパーはまったく錆びていません。
錆びにくく切れ味もよくその切れ味が長持ちするニッパーだと思います。工具自体の工作精度も高く国産ニッパーのトップレベルだと思います。
画像左が薄刃ニッパーで画像右がミニ4ニッパー。
材質は薄刃ニッパーは高炭素工具鋼で、ミニ4ニッパーは高炭素鋼となっています。
タミヤブランドでもOEM生産の筈で、OEM元はKEIBAというのがもっぱらの噂。
画像はFPN-150FS。
材質はバナジウム鋼。切れ味自体はなかなかのものなのですが、形状的に狭く入り組んだ個所のゲートの切断にはあまり向いていないのが欠点。工具自体の工作精度もKEIBAに劣る感じです。
画像左からトリニティシリーズのTM-02薄刃ニッパー、TM-15先細ニッパー、KingTTCシリーズのミニエッジニッパーMEN-115、TTCシリーズのPM-120。
材質は基本的に高炭素工具鋼(S58C)で、刃に厚みを持たせながらも確かな切れ味。
今回試した中では工具自体の工作精度はKEIBAに次いで高いと思いました。
画像はMPN-100ミニプラスチックニッパ。
材質はバナジウム鋼。切れ味は今回使用したものの中では一番悪く、その切断の感触はかなり押し潰す感じ。工具自体の工作精度もあまり高くないと感じました。
画像は匠TOOLS 極薄刃ニッパー。
材質は高炭素工具鋼(S58C)。切れ味はタミヤの薄刃ニッパーを微妙に上回りますが、刃の形状的にはタミヤの薄刃ニッパーの方が狭い個所の切断に向いてますし、工具自体の工作精度もタミヤの薄刃ニッパーの方が良いのでトータルではタミヤの薄刃ニッパーとどっこいどっこいの製品だと思います。
3.peaksの模型プロプラスチックニッパMK-02と同等のOEM製品ですが、こちらの方が安価に購入できます。
画像はNP-05マイクロニッパー。
材質は高炭素工具鋼(S58C)。切れ味は決して悪くはありません。KEIBAやツノダやフジ矢のプラスチック用ニッパーには劣りますが、3.peaksのMPN-100よりは格段に良く切れます。金属線も切れますし、工具自体の工作精度も高いので電子工作などで細金属線を切断する用途には良いニッパーだと思います。
画像左がSPN-120アルティメットニッパー、画像右がSPN-120-4薄刃プラニッパー。
ゴッドハンドはツノダの御子息の会社で、製品の基本形状はツノダとほぼ同じ。
SPN-120の材質は神戸製鋼製特殊鋼。切れ味は今回使用した全ニッパーの中で格段に良く、とびぬけています。
切れ刃は極端なまでの薄刃で、受け刃にあたる方は刃のない押さえとなっており、その材質、構造、刃付け技術という切れ味を決める全ての要素において最上級の製品です。
ただ、極端なまでの薄刃の代償として脆いので、工具を必要最小限の力で握る技量の無い人にはお勧めできない製品であるとも思います。
SPN-120-4は切れ味はSPN-120に劣るものの、それでもタミヤの薄刃ニッパーを上回る切れ味。価格も送料込みで1800円ですので、ゴッドハンドのニッパーを初心者に勧めるなら私はこちらの方を選びます。
今回使用したニッパーの中で最も切れ味が良かったのはゴッドハンドのSPN-120で、SPN-120-4がそれに次ぐ切れ味でした。
切れ味に関してはGSRの匠TOOLS 極薄刃ニッパーがそれに次ぎ、僅かな差でタミヤの薄刃ニッパーが続くという感じです。
KEIBA、ツノダ、フジ矢のプラスチック用ニッパーも切れ味はいいのですが、これらの製品に比べると格段に劣ると評せざるをえません。
工具自体の金属加工精度はKEIBAとツノダが良く、フジ矢や3.peaksはその二社と比べるとあまり良くないように思います。
工具の材質についてはクロムバナジウム鋼が最も良く、それを使用しているKEIBAのニッパーが優れています。KEIBAのHN-D14は材質、構造、切れ味のトータルバランスにおいてなかなか良い製品だと思います。
これらの中から単純に切れ味でニッパーを選ぶのならゴッドハンドのSPN-120となります。ただ、この製品はあまりにも刃が薄く、そしてプラスチック用ニッパーとしては高価なので初心者にはあまりお勧めできません。
これらの中で私が初心者にお勧めするとすれば、ゴッドハンドのSPN-120-4かKEIBAのHN-D14かタミヤの薄刃ニッパーかGSRの極薄刃ニッパーを選びます。
150mmサイズクラスのプラスチック用ニッパーはあまり買う必要は無いと思います。プラモデルを普通に作る分にはニッパーは3mm径くらいのプラスチックを切断できれば性能的には十分なので、取り回しを考えれば大は小を兼ねると150mmサイズクラスのニッパーを買うより120mmサイズクラスのニッパーを買った方がいいでしょう。
私の場合、太いプラ材の切断には基本的に薄刃ノコを使用するので150mmサイズクラスのプラスチック用ニッパーは無駄な買い物でした。
実際の模型作業に使用するニッパーはゲート処理用と乱雑に使用可能な多目的用の二つがあれば足ります。
そして、ランナーの切断や細金属線の切断などに乱雑に使用する多目的用ニッパーには自分で砥ぎなおした安物のニッパーでも必要な性能が得られます。
これから工具を揃えるような人の場合は、多目的用に500円前後の安物を一つ買い、ゲート処理用にそれなりに高性能なニッパーを購入するといいと思います。
価格:
1,800円
感想:11件 |