第二回 最速のドリフト

タイヤのスリップ率とドリフト角

 さて、問題です。
 以下の図は右に曲がろうとしている後輪駆動車(RWD)を表わしたものです。
 真上がその時点での車の進行方向(慣性の向き)、車の中心からの線と車の進行方向のなす角が車のドリフト角、車の右前輪と車の進行方向のなす角が前輪のスリップ角を表わしています。
 以下の図でもっともコーナリング速度が高いのはどれでしょう。(図が汚いのは勘弁。そのうち書き直します。)
 ヒント 「タイヤの性質」

区間 A B C D E
状態 A B C D E
ハンドル角 順方向 順方向小 中央 逆方向小 逆方向
後輪スリップ率 極小 極大
ドリフト角 極小 極大
前輪スリップ角 順方向大 順方向中 順方向小 ほぼ無し 逆方向
後輪スリップ角 ほぼ無し 順方向極小 順方向小 順方向中 順方向大
ヨー回転 極小 極大

 さて、正解は「A」…と答えた人は残念でした。正解は「B」です。条件によっては「A」と「C」も正解になるのですが。

 それでは、何故そうなるのか順を追って解説していきましょう。

 「A」の場合。
 この状態では、コーナリングフォースのほとんどは前輪で作り出され、後輪は車を進行方向に押しています。
 動いている車のタイヤは理論的には恒にスリップしているのですが、この状態でのスリップ率は極わずかなため常人ではほとんど体感できないレベルです。
 一般に「グリップ走法」と言われているのは、この状態です。
 では何故この状態が最速でないのでしょうか。
 それは、この状態がタイヤの最大摩擦力を発揮した「真のグリップ走法」では無いからです。
 この状態で走行できるのはせいぜいタイヤの性能の八割から九割まで。
 この状態でタイヤの性能を十割発揮できるのは、トルク制御を行っている4WDくらいです。

 「B」の場合。
 この状態では後輪が少し滑っているため、ハンドルを少し切り戻しています。前輪の方もコーナリングフォースを発生するために働いていますが、こちらも少し滑っています。
 つまり、タイヤが最大摩擦力を発揮している(=最大摩擦力を発揮するスリップ率で滑っている)ため、前輪はアンダーステア、後輪はオーバーステアを出している状態。
 これが理論上最速のコーナリングです。前輪のアンダーステアと後輪のオーバーステアがつりあっていれば「A」の状態で最速と思うかもしれませんが、スリップで車の軌道が外に膨らむので、実際は車の向きをややコーナー内側に向ける必要があります。
 この状態では四つのタイヤが最大摩擦力を発揮しているわけで、これが「真のグリップ走法」というわけです。
 もっとも、この状態をグリップ走法というのは、だいたいフォーミュラの世界であって、箱車の世界では「四輪ドリフト」「全輪ドリフト」というのが一般的です。
 一部の人の間では「見えないドリフト」といわれたりもします。乗っている人間には車が滑っていることが体感できますが、外部からでは車がスライド状態であることをほとんど認識できないからです。
 本講座ではスライドコントロールを必要とする走法をドリフトと定義しているので、この状態は「ドリフト」となります。
 理論上はこれが最速ですが、この領域でのコントロールの幅は非常に狭いものです。
 MRで且つ高速でこのレベルのコントロールを行うF1ドライバーの技術はまさに神業といっていいでしょう。

 車重以上のダウンフォースが働く空力マシンであるフォーミュラマシンでは、深いドリフト角はダウンフォースの著しい低下を意味します。よって、フォーミュラマシンでは深いドリフト角は禁物です。深いドリフト角=スピンと考えた方がいいでしょう。

 「C」の場合。
 これは「B」の場合に近いです。ただ、スリップに伴う後輪のスライド量が「B」の場合より多いので、ハンドルを中央まで切り戻しています。この状態でも前輪はコーナリングフォースを発生するために働いています。
 ホイールベースや前後の荷重比等、車の性能によってはこれが最速のコーナリングになります。

 「D」の場合。
 スリップに伴う後輪のスライド量が「C」の場合よりさらに多いため、少しカウンターを当てている状態です。
 この状態では後輪は、駆動力のみならず、コーナリンクフォースの発生もほとんど担っています。  この状態で特筆すべきことは、前輪の向きと慣性の向きがほぼ一致しているため「前輪の転がり抵抗が最小」になっていること。
 前輪が働いていず(抵抗は少なくなっていますが)、後輪のスリップ率も大きくなるため、コーナリング速度は落ち気味です。しかし、フロント荷重が少なくアクセルオン時にアンダーがでやすい車、例えばMRやRRにはかなり有効なコーナリングです。

 「E」の場合。
 スリップに伴う後輪のスライド量が「D」の場合よりさらに多いため、大きくカウンターを当てている状態です。
 前輪は車のスピンを防ぐために、慣性の向きを基準に逆に向いています。そのため、無駄な転がり抵抗を発生しています。
 駆動力のロスも大きく、コーナリング速度は非常に遅くなります。
 速くコーナリングするための手段としてはまったく使えませんが、「減速手段」としては有効です。任意にコントロールできるなら「車の向きを素早く変えつつの減速」を運転の選択肢に加えられます。
 他に「視覚的に派手」というメリットがあります。

 以上。
 以降、本講座では「A」を「グリップ走法」、「B」「C」「D」を「速いドリフト」、「E」を「遅いドリフト」「減速手段としてのドリフト」と呼びます。

ここの要点
  • 深いドリフト角は空力によるダウンフォースの低下を意味する。
  • 前輪スリップ角が小さい程、前輪の転がり抵抗は低下する。
  • 後輪スリップ角が大きい程、後輪駆動力によって発生するコーナリングフォースは大きくなる。
  • 後輪スリップ率が大きい程、後輪駆動力は無駄になる。
  • 後輪スリップ率が大きい程、ヨー回転は大きくなり、その分カウンターをあてなければならなくなる。
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